「フリーマーケットと唄とギターの夕べ」にて、okayan、熱唱中。たいへんよくがんばりました(笑)。出演者&関係者のみなさん、本当にお疲れさまでした!
ニコンD80+Ai AF Nikkor 35mm F2D
、絞り開放、露出補正−0.3EVで撮影。
「フリーマーケットと唄とギターの夕べ」にて、okayan、熱唱中。たいへんよくがんばりました(笑)。出演者&関係者のみなさん、本当にお疲れさまでした!
ニコンD80+Ai AF Nikkor 35mm F2D
、絞り開放、露出補正−0.3EVで撮影。
仕事、なかなかはかどらず。夕方、気分転換に近所に散歩に出かける。
五日市街道を渡ってしばらく歩くと、住宅地がふいに開け、意外なほど大きな野菜畑が広がっていた。とうもろこし、トマト、きゅうり、なす。綺麗に手入れされた畑の脇を歩いていると、緑と土が入り混じった、懐かしい匂いが漂ってくる。
僕が岡山で暮らしていた実家の周囲は、一面の水田と畑だった。子供の頃はよく親戚の畑に連れていかれて、芋や大根を掘ったり、いちごやぶどうをもいだりしたものだ。その頃に当たり前のように嗅いでいた懐かしい匂いは、東京で暮らすようになってから、いつのまにかすっかり忘れてしまっていた。
別に田舎暮らしを礼賛するつもりはないけれど、こういう匂いを全然知らずに育っていく都会の子供たちは、ちょっと可哀想だなとも思う。
午後、竹橋で入稿作業。これで雑誌の仕事は一段落。明日から本の執筆を進めなければ‥‥。
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最近、手帳でスケジュール管理をまったくしなくなった。
僕は昔からクオバディスの手帳を使っていて、外出先で手帳に予定を書き込み、それを自宅で使っているMacのiCalというスケジュール管理ソフトに入力して二元管理していた。でも、去年の秋にiPhoneを買ってからは、そっちにもプリインストールされているiCalで同期できてしまうので、手帳に予定を書き込むのがすっかり億劫になってしまったのだ。
とはいえ、取材や打ち合わせの時には紙のノートが絶対に必要なので、いつもツバメノートを持ち歩くようにはしている。まあでも、来年はもう日付入りの手帳は買わないだろうな‥‥。取材ノートとは別に、ちょっとしたメモをするくらいの用途なら、モレスキン
のようなシンプルな手帳の方が合っているのかもしれない。
昨日は夜更かしというか徹夜して、UEFAチャンピオンズリーグ決勝を観た。マンチェスター・ユナイテッド対バルセロナ。今季のイングランドとスペインの国内リーグの覇者同士の激突。文字通り、世界最強のクラブチームを決める一戦だ。
開始直後はマンUが攻勢だったものの、バルサのエトーが最初のチャンスをものにして先制してからは、バルサが完全に試合を掌握。1分、2分とバルサが華麗なパス回しでボールをキープし続ける場面が続く。特に、シャビとイニエスタが凄い。かつて在籍していたデコやロナウジーニョのように派手でトリッキーなプレーこそないが、どんなに速くて難しいパスでも、ピタッとワンタッチで止め、自分は届くが相手は届かない場所にボールを置いてしまう。その彼ら二人の前では、バロンドール最有力候補のメッシが縦横無尽に動き回りながら虎視眈々とゴールを狙っているのだから、守る方にしたらたまったもんじゃない。
これぞスペクタクルと呼ぶに相応しい、バルサにとっては会心の試合だった。
マンUだって、昨年のこの大会で優勝しているほどの強豪だ。でも、「自分たちは強い」というその自信が、なりふり構わずがむしゃらにボールを奪いに行ったり、相手のよさを潰そうとしたりすることをためらわせていたのではないかと思う。昨年の覇者の矜持が、真正面から受けて立つ真っ向勝負を選ばせた。そして最初の失点でその矜持が揺らぎ、最後まで立て直せなかった。
そう考えると、サッカーというのは心理的な要素にものすごく左右されるゲームなのだなあと思う。
先月、家の軒先に蒔いたパクチーの種。すくすく育ったパクチーを収穫して食べることを夢見ながら毎朝水をやっていたのだが、しばらく経って芽は出たものの、10センチほど伸びたところで成長が止まり、最近はもうしおれかけている状態だった。
で、今朝、マンションの周囲の生け垣を業者さんが剪定しに来たのだが、手を入れたのは生け垣だけではなく、内側で伸び放題になっていた雑草も、草刈機で一気に刈り取ってしまった。
気づいた時には、もう手遅れ。しおれかけていたパクチーも、跡形もなく‥‥。
嗚呼、パクチー‥‥。
午後、六本木ヒルズへ。先日のbayfmに引き続き、今度はJ-WAVEからの依頼で「Classy Cafe」という番組でラダックの話をすることになったのだ。
僕の出番は「La Promenade」という7、8分ほどのゲスト枠。今回はDJの方のナビゲートなしで、僕が一人語りで話をするのだという。収録前に軽い打ち合わせをした後、スタジオの小さな録音ブースに入り、マイクの前に座り、ヘッドホンをつけ、ガラス越しにキューが送られるのを待つ。
‥‥今までの収録やイベントを上回るくらいに緊張した。
あらかじめ話そうと決めていたことが、なぜかうまくまとまらない。突然、頭が真っ白になる。口の中がカラカラに乾いて、何でもないところでつっかえてしまう。NGを出すこと、二度、三度‥‥。本当に、途中で逃げ出したくなるほどだった。
J-WAVEのスタッフの方には「いや、お上手な方でしたよ!」とは言ってもらえたが、きっと気休めだと思う。うまいこと編集して使ってもらえるといいのだが‥‥。
結論。人前でしゃべるより、文章を書いてる方が100倍気が楽です(笑)。
午後、三鷹で編集者さんを交えての打ち合わせ。開始前に出てきたおやつがうますぎて、あやうく所期の目的を忘れそうになる。その後、みっちり二時間かけて、色々なことを決めた。ついでに〆切も決まってしまった‥‥(汗)。でも、やるしかない。
帰り道、くすんだ西の空に、ぼってりと赤い夕日がかかっていた。そういえば、ラダックではこんなに赤い夕日は見たことがない。周囲の山々が高いこともあるが、空気があまりにも澄み切っているせいで、太陽がほとんど赤味を帯びないからだと思う。
澱んでいるんだな、東京の空は‥‥。
上野の東京国立博物館で開催中の「阿修羅展」を観に行く。覚悟はしていたが、ものすごい人、人、人。入館まで30分待ちで、館内も人だらけでえらいことに。
展示されていた仏像の数々は素晴らしかった。興福寺所蔵の八部衆や十大弟子、巨大な薬王菩薩と薬上菩薩。でも、主役の阿修羅像はやはり別格。ちょっとでも何かが狂えばすべてが崩れてしまいそうな、三面六臂の精緻なバランス。静かで、どことなく寂しげなその表情。写真で見るより、現物の方が圧倒的に存在感がある。神々しさとは、この像が放っている気配のことを言うのだろう。
人混みにもみくちゃにされながらも満足して外に出て、晩飯にひさしぶりに回転寿司を食べる。阿修羅が寿司を握ったら、きっとものすごく手際がいいに違いない。
二週間ぶりくらいに一人でリトスタに行って、おひるを食べた後、昨夜デザイナーさんから送られてきた雑誌記事のゲラをチェック。たまに自宅以外の場所で仕事をすると、気分が切り替わってはかどるような気がする。まあ、今住んでいる部屋は過去最高に気に入ってはいるのだが。
今書いている本の進行スケジュールを考えると、どうがんばっても、今年は旅に出られそうにない。夏のうちにラダックに行って、お世話になった人たちに本を手渡して回りたかったのだが‥‥。
「あれだけ長いこと向こうにいたんだから、もういいじゃん!」と言われそうだが、そこはほら、スナフキンの又従兄弟と呼ばれるこのワタクシ、どうにも漂泊の思い止まず、禁断症状がちらほら‥‥。
‥‥と、ここまで書いてから何気なくウィキペディアで調べてみたら、スナフキンって、原作のスウェーデン語では「スヌスムムリク」という名前らしい。「自分の嫌いな人々がムーミンの家にやってくるとスナフキンはこそこそ逃げだしてしまう」というあたり、やはり似ている‥‥(笑)。
夜、新宿西口で知人の編集者さんと飲み会。
最近、同業者の人と仕事の話をすると、自分でも「‥‥ちょっと暑苦しくないか、俺?」と思ってしまうほど、熱弁をふるってしまいがちになる。傍から見れば、理想論というか、きれいごとというか、そんな感じなんじゃないかなあという気がするのだが、でも、今の自分がそういうことを考えながら本を書いているのは事実だし、その熱弁が相手の心にぐっとくる部分もなきにしもあらず、とも思える。
自分が心の底から作りたいと思える本を作る。つまるところそれだけ。
暑苦しい熱弁を聞きたい方、飲みに誘ってください(笑)。
雑誌の仕事をデザイナーさんに作業してもらっている間に、本の執筆を進める。昨日、今日とまずまずはかどった。文体の感触もかなり掴めてきたが、この後ややこしいパートも残っているので、油断大敵。
仕事中、つけっぱなしにしているテレビからは、新型インフルエンザ関連のニュースばかり。過小評価が禁物なのは百も承知だが、今のマスコミ各社の報道は「冷静になりましょう」と言ってるそばから、自分たちで必要以上に火に油を注いで、事を大げさにしているようにしか見えない。感染した女子高生が通っている高校にまでわざわざ出かけていってカメラを回してレポートすることが、感染拡大阻止につながるとはとても思えない。そんなに数字を稼ぐことが大事なのだろうか?
流行っているのは、致死率も低く、症状だけでは普通の季節性インフルエンザと区別することすらできない、弱毒性のインフルエンザなのに‥‥。
こういう時、日本人は情報に踊らされすぎると思う。
「今度、こんな本を出すんですよ!」と、美術出版社の宮後優子さんが目を輝かせながら教えてくれたのが、この「はじめての手製本 製本屋さんが教える本のつくりかた」という本だった。手製本、つまり手作りの本。信州にある工場で手製本を作り続けている家族経営の会社、美篶堂(みすずどう)の方々が、本を自分で手作りするためのさまざまな方法を紹介している本だ。
最初にこの本を手にした時、「うわっ、やられた‥‥!」と、嫉妬にすら近い感情を感じた。なぜなら、この本自体が、美篶堂の方々による手製本なのだ。本文をくるむようにして表紙を貼って折り込むフランス装という手法で製本されたこの本は、しなやかで張りのある紙の質感が心地よい、とても美しい佇まいの本に仕上がっている。セキユリヲさんによるさりげないアートディレクションも、さすがの一言。
本の中では、和綴じの本、上製本、豆本、アコーディオンアルバムの作り方や、文庫本を上製本に仕立て直す方法などが、丁寧に手順を追った写真とともに紹介されている。御茶ノ水にある美篶堂のギャラリーショップで開催されている製本教室で教えられている内容をまとめたものだが、手が不器用な僕でも「道具があればちょっとやってみたいかも‥‥」とうずうずするくらいだから、こういう手作りの作業が好きな人には、たまらない内容なのではないだろうか。
本の後半に収録されている美篶堂にまつわる物語も興味深かった。手製本から機械製本へと向かう世間の流れの中で、あえて踏み止まり、ものづくりの素晴らしさ、大切さを受け継ぎ、伝えていく。その職人としての覚悟と心意気を持ち続けることは、並大抵の苦労ではなかったはずだ。
この瀟洒な本には、そんな美篶堂の方々が伝えたい思いやメッセージが、ぎっしりと詰まっている。一人の編集者として、こんな本に携わることができたなら、どんなに幸せなことか‥‥。売れ行きもなかなか好調らしい。でも、重版が決まったらどうするんだろう? なにしろ、手製本だから‥‥(笑)。
昨日から待っていた最後の残りの原稿が、今朝になって届く。がんばってくれたライターさんに感謝しつつ、ガーッと集中して原稿整理。終わった後、すぐに電車に乗って両国まで出かけて、デザイナーさんにデータとラフを渡す。これ以上遅れたらヤバいところだったが、どうにかギリギリ間に合った感じ。
帰りに中野で途中下車して、風の旅行社へ。ラダックの本を会報の読者プレゼントにしてくださるというので、その本にサインを。最近、ようやく少しだけサインをするのに慣れてきたような気がする。
さて、明日からは自分の本の原稿を書かなければ‥‥。
いい天気。洗濯をした後、散発的にライターさんから送られてくる原稿をかたっぱしからチェック。明日までに間に合うか‥‥?
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途中、ちょっと気分転換したくなって、仕事の合間に自転車を走らせて、三月珈琲工房でコーヒー豆を調達。甲斐さんとしばらく雑談をしていると、こんなことを訊かれた。
「仕事に対するやる気というかモチベーションって、どうやって上げてる?」
それは大変に難しい質問だ。でも僕の場合、本を書くにしても、自分自身のために書いているという意識はあまりない。取材を通じて仲良くなった人とか、その本を待ってくれている人のために書きたいと思う意識の方が、最近は特に強くなった。そんな風にして「誰かのために」書く方が、やる気も出るし、いい本になるような気がしてならない。
コーヒー豆を焙煎するなら、そのコーヒーをおいしいと言って飲んでくれる人のために作ろうとすれば、モチベーションも上がるんじゃないかと思う。こうやって文字にすると、ものすごく当たり前の結論のようにも思えるが。
‥‥まあでも、僕はモチベーション云々より、「やべっ! 〆切に間に合わねー!」とか言いながら無我夢中で書くことの方が多いような気もする(苦笑)。
時折、雨混じりの風が吹きすさぶ不穏な天気。食事は冷蔵庫の中にあるありあわせの食材で作ってすませることにして、一日中、一歩も外にも出ることなく仕事。
今やっているのは、雑誌の編集部から頼まれた企画の編集作業。ライターさんに書いていただいた原稿を整理して、記事に仕立てていく仕事だ。今回お願いしたのは気心もしれた腕のいい方々なので、根気よくチェックしていきさえすれば、それほど原稿整理には苦労しない。この仕事を長いことやっていると、たまに「内容はともかく、日本語が‥‥」という原稿に出くわすこともあるのだが(苦笑)、今回はまったく問題なし。
まあでも、自分の言葉で文章を書く仕事も、しっかり進めておかなければ‥‥。今日、アマゾンからRCサクセションのベスト盤が届いたから、それを聴いてイキオイをつけることにしよう。
今日は新宿で、風の旅行社主催のラダックのスライドトークイベント。
先月の西荻窪でのトークイベントとほぼ同じ規模だったので、あの時ほど緊張はしなかったものの‥‥いや、やっぱり緊張した(苦笑)。話すつもりだったことをすっ飛ばしかけたり、途中で何を言うべきか一瞬わからなくなりそうになったり。時間通りに収めることを気にしすぎて、ちょっと駆け足気味になってしまった部分もあった。もう少しゆったりと、余裕を持って話を進められれば‥‥というあたりは、今後のための反省材料。
で、トークが終わった後、会場でラダックの本を買ってくださった方や、お手持ちの本を持ってきてくださった方にサインをしてさしあげている時、すらっとした綺麗なご婦人が近づいてきて「お願いします」と本を差し出されたので、顔を上げてみると‥‥女優の木内みどりさんだった。びっくり。ラダックやチベットのことについていくつか質問をされたので少しお話をさせていただいたのだが、ふわっと穏やかなオーラが漂っていて、とても感じのいい方だった。
それにしても、どこでどんな人が僕の本を読んでいるか、本当にわからないな‥‥。
イベントにお越しいただいたみなさん、どうもありがとうございました。
明日新宿で行われるスライドトークイベントで上映する写真をチェックしながら、予習をする。
人前に出て何かをする時、僕はあらかじめ下調べや予習をしっかりやっておくことにしている。取材で誰かにインタビューをする時も、必ず質問項目を多めに考えて、リストを用意しておく。でないと、大丈夫なつもりで進めていても、途中で何か予想外のことが発生した時、頭の中が真っ白になって飛んでしまうことがあるからだ。準備が不足していると、そこから立て直せなくなってしまう。
もし明日、大勢の人が注目している前で、頭が真っ白に飛んでフリーズしてしまったら‥‥(汗)。
よ、予習だ、予習。
昨日取材した件の原稿を書いた後、別の方に依頼した原稿の編集作業。
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もうすぐ夏だ。蚊の季節だ。
ラダックで暮らしていた頃、僕は蚊を手で叩いて殺したりしないようにしていた。チベット仏教を信仰するあの土地の人々にとって、無益な殺生を行うことはディッパー(悪行)だ。悪行が積み重なると、輪廻転生で巡ってくる次の機会に、人間として生まれ変わることができなくなる。だからラダックの人々は、蚊や蝿が飛び回っていても、そっと手で払ったりするだけで、決して叩いて殺したりはしない。
だが、日本の蚊はまじで手強い。アマゾンで見つけたCASTROというお洒落な蚊取器を買おうかどうか、正直迷っている。悪行かな、やっぱり‥‥。
夕方、学芸大学で取材。電車を降り、宵闇の中を歩いて帰る。
僕が住んでいる界隈は、少し駅から離れているせいか、自転車に乗っている人が多い。今日もたくさんの自転車を見かけたのだが‥‥危ない運転をする人が多すぎる。無灯火で走っていたり、イヤホンで音楽を聴きながら走っていたり、ケータイでメールチェックをしながら走っている人さえいる。見ているこっちがヒヤヒヤする。こういうのって、道路交通法でもアウトなんじゃないか?
そういう人たちが自損事故を起こしたところで自業自得だけど、問題は、彼らの危険運転に巻き込まれるかもしれない車や歩行者だ。
自転車に乗るのなら、夜はライトくらい点けろ。イヤホンを外せ。ケータイは自転車を降りてから使え。そっちが死ぬのは勝手だが、巻き添えを食うのはごめんだ。
なかなか原稿が手につかず、うんうん唸っているうちに、もう夕方。
気分転換に晩飯(スナップえんどうの玉子とじ)を作っているうちに、何となく「あ、書けそう」という気がしてくる。急いで飯をかっ食らい、ゴリゴリと原稿を書きはじめる。二時間で2000字ほど書くことができた。ほんと、もうちょっと自分で効率よくコントロールできたらいいのに‥‥。
そんなこんなで、今日のノルマの分を書き終えて、ぱさぱさの脳でこのブログを書いている。ああ、脳に潤いが欲しい。
書籍の仕事との兼ね合いで自分で意識してセーブしていることもあるが、最近、雑誌での仕事がめっきり減った。
雑誌というメディア自体が以前ほど売れなくなり、広告の出稿量も減っているので、どこもかなり台所事情が苦しいらしい。昔、よく僕に依頼してくれていた雑誌の編集者さんは、「上の者から『書けるものはなるべく自分で書け』と言われてるんです‥‥」と嘆いていた。それでなくても忙しいだろうに。
別の雑誌の編集部では、今年に入ってから外部の編集者やライターへのギャラを三割も削ることを通告しているという。何というか‥‥お金がないのは仕方ないけれど、そんな貧乏臭いことをしたところで、結局はジリ貧なだけなのに、と思う。外部スタッフだってボランティアで働いているわけではない。一方的な都合でギャラをいきなり三割も削られたら、「納品する原稿のクオリティも三割減でいいか」と思ってしまっても無理はない。
「出ていくお金を減らす」ことも必要かもしれないが、それよりもっと大事なのは「入ってくるお金を増やす」ことではないだろうか。どうやったら、その雑誌を読者に面白いと思ってもらえるか。どうやったら、その雑誌を棚からレジまで持っていってもらえるか。そのための努力を怠って、スタッフのギャラを削れば現状を維持できると安直に思っているのだとしたら大間違いだ。スタッフの心が離れた雑誌は面白くなくなり、面白くなくなった雑誌はさらに部数が落ちる。そしてそのうち、その雑誌自体が消える。
当たり前すぎる結論だけど、雑誌を立て直したいなら、貧乏臭いことをする前に、編集部の人たちはもっと面白い記事を作るための努力をしてほしい。そうすることで初めて、外部のスタッフもその心意気に応えてくれるのではないだろうか。
‥‥何だ、この暑さは。
電車に乗って、新宿に出かける。目的は、何か夏物の服を買うこと。Tシャツはもうかなりの数を(しかも妙なデザインのものばかり)持っているので、今回は多少しゃんとした感じの服にしようと思って、ポロシャツを買うことにした。
何軒か店を回って悩んだ末に選んだのは、フレッドペリーのポロシャツ。衿と袖口に二色のラインが入っていて、すっきりしていていい感じ。それにしても、ポロシャツを買ったのって、ずいぶんひさしぶりのような気がする‥‥が、学生時代以来か?
この年になるまで、夏場はTシャツだけで押し通してきた情けない大人が、ここに一人。
昨日の夜は、閉店時間に合わせてリトスタに行って、二カ月間続いた写真展「ラダックの風息 儚い夏、凍てつく冬」で展示していたパネルの撤収作業。作業自体は一時間ほどで終わったので、あとは後片付けをすませたお店のみなさんと「お疲れさまでした!」とビールで乾杯。結局、パネルの入ったダンボール箱を担いで帰宅したのは午前四時‥‥。
それにしても、写真展。
ラダックの本を出したのとほぼ同じタイミングだったということもあるが、地元に住んでいるお店の常連さんだけでなく、決して交通の便がいいとはいえない三鷹まで、本当に、本当にたくさんの方が写真展を見に来てくださった。僕としては、正直、「いいんでしょうか、自分の写真で?」と恐縮したくなるほどだったのだが、それでもこうした場を設けさせていただいたことで、訪れてくれた方々に、ラダックのこと、僕が伝えたかったことを感じ取ってもらえたのだとしたら、こんなにうれしいことはない。
みなさん、本当にありがとうございました。
ラダックの本を書き終えてから、急に思い出したかのように、星野道夫さんの本を読み漁るようになった。
星野さんの写真や文章は自分が学生の頃から目にしていたし、当時バイトしていた雑誌の編集部では、星野さんのインタビューのテープ起こしをしたこともある。直接お会いすることはできなかったけれど、その柔らかい声で語られるアラスカの自然や人々の描写は、自分が見知っている世界とあまりにもかけ離れていて、想像力が追いつかなかった。
そのせいかどうかわからないが、僕はこれまで、星野さんの本を真正面から読むことを無意識のうちに避けていたのかもしれない。写真や文章に込められているものが途轍もなさすぎて、ろくに咀嚼もできないまま、「うわあ、すごい」と圧倒されるだけで終わってしまいそうな気がしたのだ。
でも、二年間を費やしてラダックの本を書き上げた後、ふと「今なら、星野さんの本をきちんと読めるんじゃないか」と思うようになった。星野さんにとってアラスカがかけがえのない場所であったように、今は僕の中にもラダックという場所がある。だから、以前よりはしっかりと星野さんの思いを読み取ることができるのではないか、と。
何冊か読んだ中でも特に印象に残ったのは「森と氷河と鯨」という本だった。アラスカのクリンギットインディアン、アサバスカンインディアン、そしてエスキモーの人々までが語り伝えているワタリガラスの神話。星野さんは南東アラスカから遥か彼方のシベリアまで、さまざまな自然や人々と巡り会いながら、その神話の由来を追いかけていく。蒼空に屹立する鯨の骨、朽ち果てたトーテムポール、崩落する氷河、古の血を受け継ぐ人々。凄みを感じるほど研ぎすまされた写真と、深い思索の中から浮かび上がってきた言葉――。その一枚を撮るのに、どれほどの時間と労力を費やしたのか。その一言を絞り出すのに、どれほどの思いを巡らせたのか。想像しただけで気が遠くなる。正直、これを自分の本を書く前に読んでいたら、あっさり自信喪失してしまっていたかもしれない(苦笑)。
別の本の中で、星野さんは「人間には、二つの大切な自然がある」ということを書いている。一つは、道端の草花や近所を流れる川などといった身近に存在する自然。もう一つは、遥か遠くに、でも確かに存在する悠久の自然。滅多に行くことはできないけれど、そこにあると想像するだけで心が温かくなるような自然だという。その言葉の意味が、今は本当に骨身に沁みてよくわかるような気がする。そしてこの「森と氷河と鯨」は、その遥か彼方の悠久の自然――星野さんにとってのかけがえのない場所と、とことんまで向き合い続けた努力の結晶なのではないかと思う。
「家庭画報」に連載されていたフォトエッセイをまとめたこの本は、未完のまま終わっている。連載終了まであと三回というところで、星野さんはカムチャッカ半島での取材中にヒグマに襲われ、命を落としてしまった。庄司康治さんは「氷の回廊
」の中で、星野さんについてこんなことを書いている。
「ミチオはアラスカの老人の魂に興味があって、そのルーツを辿っていたんだよなぁ。ヒマラヤの人にも何か近いものを感じるって言ってたよ。あいつに紹介したかったな、このザンスカールの人たちを‥‥」
僕も、心からそう思う。もし、星野さんや庄司さんと一緒にラダックやザンスカールの山々を旅することができたなら、どんなに愉しかったことだろう。
ひさびさに外に出たくなったので、リトスタでおひるを食べ、コーヒーを飲みながら昨日までに書いた原稿の推敲作業。「なんか疲れてますねえ」と言われたが、疲れてるのか、単に眠いだけなのか、もはや自分ではよくわからない。
気がつけば、写真展も明日で終わり。まだの方、お見逃しなく!
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実家から箱詰めの野菜が送られてきた。スナップえんどうや小松菜に混じって、今まで見たこともない、ごわごわした長い芝みたいなものが入っていた。
同封されていたメモによると、これはおかひじきというらしい。ネットで調べてみると、なかなか栄養豊富な野菜らしいのだが、基本的な素性は「草」のようだ。最初にこれ食った人、勇気あるなあ‥‥。
明日、木綿豆腐を買ってきて、チャンプルーにしてみよう。
今日も雨。遥か彼方の海の上で、台風1号が発生したらしい。
自主カンヅメ生活を敢行した甲斐あって、連休中に目標にしていたノルマはほぼ達成。とはいえ、まだまだ先は長い。本当はこの本を書くことだけに一心不乱に集中したいのだが、そうするとまじで食っていけないので(苦笑)、今月はあれこれとほかの仕事もこなしながらやっていかなければならない。
世の中では「物書き=印税生活」というイメージを持っている人も多いかもしれないが、ほんと、印税だけじゃ普通の物書きはやっていけないから!(笑) 一冊書くたびにごっそり神経をすり減らし、そのくせ全然儲からない。難儀な商売だなあと思う。
まあ、自分がやりたくないことは「やりません」と何の遠慮もなく言えるというのは、数少ないメリットかもしれないけれど。
「十日ぶりの雨ですね」と、夕方のニュースで気象予報士が言っていた。今日は一歩も外に出ていない。
取材中にICレコーダーで録音したデータを聞きながら、原稿に書く内容をチェックする。昔は「テープ起こし」と呼ばれていたこの作業、今でもテープレコーダーを使っている人はどのくらいいるのだろう?
この作業でいつまでたっても慣れないのが、自分の声。普段耳にしている声は頭蓋骨の中で反響しているので、録音された声とは微妙に響きが違うのだ。自分の声のような、他人の声のような、とにかく生理的に受け付けない感じ。そんな声がフンフンうなずいたり、時々笑ったり、何かうまいこと言おうとしてるのを聞くと、「あー、こいつ、うっせー」といらっときてしまう。
いっそ、麒麟の川島君みたいな超低音の声だったらまだよかったのかもしれない。あ、それはそれで聞き取りにくいか。
昨日も、今日も、ひたすら原稿を書き続ける。
‥‥ほかに書くべきことが思い当たらないほど、無味乾燥な自主カンヅメ生活。朝起きて、メシ作って食べて、コーヒー飲みながら原稿書いて、夜になったらメシ作って、風呂入って、夜更けまで原稿書いて、ビール飲んで、寝る。そのくりかえし。
‥‥よく考えると、普段の生活も似たようなもんだということが発覚(汗)。
とにもかくにも、そのおかげで、大方予定通りのノルマはこなせつつあるのだが。
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T-Mobileの「Life's for Sharing」シリーズの新作。リバプール駅でのダンスの次は、トラファルガー広場での「Hey Jude」大合唱。
忌野清志郎さんが亡くなった。周囲の友達に比べればそんなに熱心に彼の曲を聴いていたわけでもなかったのに、何だか無性に寂しい。ご冥福をお祈りします。
いつか、新しい自転車を作ることになったら、彼の愛車と同じオレンジ色の塗装の自転車をオーダーしようと思う。
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出版業界で「カンヅメにされる」というのは、作家が出版社によって旅館やホテルに閉じ込められて原稿を書かされることを指す。
かくいう僕も今、書かねばならない原稿をどっさりと抱えているわけなのだが、このご時世に旅館やホテルに泊めてもらえるお金など出てくるわけがない(笑)。なので、この連休期間中は、自ら自宅でカンヅメ状態になって、ひたすら原稿を書くことにした。世の中がストップしている分、余計な用事が入ってこなくて集中しやすいし。
夕方には買い出しに行って、しばらく耐え凌げるだけの食糧やコーヒー豆を補充してきた。よーし。
‥‥でも、カンヅメ初日は、ああでもない、こうでもない、と構成案を調整しているだけで、全然進んでいないのだが‥‥(汗)。
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バルミューダデザインの新型デスクライト、Hignwire Smooth。廉価版といってもまだまだ高いけど。
昼間のうちに、少し原稿を書き進める。
夜はリトスタで、平松さんや遠藤さんと「中央線不惑の会」の飲み会。毎度のことながら、このメンツで集まると面白い。何でそこまで行ってしまうのかと互いにツッコミたくなるほどの、異様に趣味性の高い会話が繰り広げられる。女性陣が居合わせたらきっと、「これだから、男って生き物は‥‥」と思われるに違いない。すみません、男ってこういう生き物なんです(笑)。
会合の名前の通り、これから一人、また一人と大台に突入していくわけだが‥‥。まあでも、ここまで来たら変に若ぶったりせず、気持よく歳を取っていきたいなあと思う。
よく食べ、よく飲み、よくしゃべった。次の会合のテーマは、イベリコ豚とのこと。