あの写真の少年は誰?
ラダックのメインバザールの目抜き通りには、亡命チベット人が経営するチベタン食堂がたくさんあります。その店内に入ると、たいてい、この少年の写真を使ったポスターが貼られていることを覚えている人は多いのではないでしょうか。
「あの写真の男の子は誰なの? "返せ!"って書いてあるけど‥‥」
彼の名は、ゲンドゥン・チューキ・ニマ。1989年4月25日、チベットのナクチュ・ラリという地方に生まれました。お父さんはクンチョク・プンツォク、お母さんはデチェン・チュードゥンという名前だそうです。
1995年5月14日、6歳の時、ニマ少年は人生の大きな転機を迎えました。当時インドのダラムサラに亡命していたダライ・ラマ14世が、彼をパンチェン・ラマ11世と認定したからです。
パンチェン・ラマとは、チベットにおいてダライ・ラマに匹敵する重要な存在の高僧です。ダライ・ラマは観音菩薩の化身ですが、パンチェン・ラマは阿弥陀如来の化身とされています。輪廻転生が信じられているチベットでは、パンチェン・ラマもダライ・ラマと同様、先代が亡くなると、占いに基づく調査によって発見された転生者が次のパンチェン・ラマとして認定されるのがしきたりでした。そこで選ばれたのが、ニマ少年だったのです。
ところが、その3日後、ニマ少年とその両親は忽然と姿を消しました。ダライ・ラマ14世によって認定されたニマ少年=パンチェン・ラマ11世の存在が邪魔だった中国当局が、彼らを拉致してしまったのです。その一方で中国当局は、ギェンツェン・ノルブという6歳の少年が本当のパンチェン・ラマ11世であると一方的に発表。以来、ノルブ少年は中国当局の傀儡として、パンチェン・ラマとしての役割をあてがわれています。
中国当局がニマ少年の拘留を認めたのは、翌1996年のことでした。その理由は「ニマ少年はチベットの民族主義者によって誘拐される可能性があるから保護している」というものでした‥‥。以来、ニマ少年の消息はまったくつかめていません。
その存在が邪魔であれば、6歳の少年でも拉致してしまう。今年、北京オリンピックを開催する中国というのは、残念ながらそういう国なのです。
3月14日、チベットの首都ラサでは、政治犯として拘留されている僧侶の解放を求めた僧侶たちによるデモが武装警察によって鎮圧されたことをきっかけに、大規模な暴動が起き、多くの死傷者が出ました。現在北京に駐在している産經新聞の福島香織記者は、ラサの知人などから得た生々しい情報を自身のブログにアップされています。
国を奪われ、100万人以上の同胞が殺され、それから50年近くも占領され続けているということ。ダライ・ラマの写真を持っているだけで逮捕されてしまう社会で生きていかなければならないチベットの人々の悲痛な思いは、察するに余りあります。
僕たちにできることは、それほど多くはないのかもしれません。でも、一番よくないのは、こうした事実を聞いても「へー、大変だねー。でもまあしょうがないよねー」と、ものの10分で忘れ去ってしまうことです。もし、少しでも心にひっかかるものがあったなら、一人でもいい、誰かほかの人にこのことを伝えてあげてください。そうした一人ひとりの小さな積み重ねが、チベットの人々にとって力となるはずです。
いつの日か、メインバザールの食堂の壁から、あのポスターが剥がされる日が来ることを祈ります。

