ファームステイでシャクティに滞在していた時、畑仕事を半日お休みして、村外れにあるタクトク・ゴンパに行きました。ニンマパという宗派のゴンパで、洞窟に作られたお堂が発展して今の形になったということです。レーからシャクティ行のバスに乗って、約1時間半くらい。バスでゴンパのすぐ近くまで行くことができます。
ひさびさに再開するゴンパ探訪シリーズ、今回はティクセ・ゴンパです。その勇壮で美しい姿から、ラダックを象徴するゴンパと言われています。岩山の南側を僧坊が埋め尽くすさまは圧巻です。
レーからティクセへは、ティクセまたはシャクティ行きのバスが割とたくさん走っていて、1時間もかからないうちに着くことができます。
6月25日と26日、夏のラダックの最大の祭典、へミス・ゴンパのツェチュが開催されました。「ツェチュ」というのは「月の10日」という意味で、聖者グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)の誕生とさまざまな事蹟が、いずれも10日に起きたことを記念しています。
へミス・ゴンパの本堂の壁面には、1日目はペマ・カルポ、2日目はギャルセー・リンポチェの巨大なタンカ(仏画)が掲げられました。
ティクセ・ゴンパで砂曼荼羅が制作されているという噂を聞いたので、見学に行きました。ドゥカンの奥で、仄明るいランプの光に照らされながら、4人の僧侶が黙々と曼荼羅を描いています。
この砂曼荼羅はデムチョク(大楽)のもの。丸3日がかりで完成させた後、儀式を行ってから破壊し、砂はインダス川に流すそうです。
今年は、ドゥクパという宗派が誕生して800周年なんだそうですね。ラダックでは、ドゥクパの管長でダージリンのサンガ・チューリン・ゴンパの座主であるドゥクチェン・リンポチェが、マナーリからはるばる陸路でやってこられました。ヘミスやチェムレの座主でもある彼の来訪に、ラダックの人々は大騒ぎ。シェイのナーローパ・ポタンでは約一週間にわたって、リンポチェを迎えてのセレモニーやティーチングが行われました。なんと花火大会もあったそうですよ。
写真は、ティクセの砂曼荼羅を見学した帰りに立ち寄ったシェイで撮影した、ティーチング中のドゥクチェン・リンポチェ。通訳がなかったので話の内容はわかりませんでしたが、彼がマントラを口にすると、それが聴衆の口々からさざ波のように広がっていくのが印象的でした。
‥‥というわけで、スカルマさんからのリクエストにお答えしました(笑)。
7月24日と25日、上ラダック(トゥ)のシャクティにあるタクトク・ゴンパで、タクトク ツェチュという仮面舞踊の祭りが開催されました。立て続けに行われた夏のお祭りも、これでほぼ一段落ですね。
祭りの始まりは、笛や太鼓、シンバルなどの楽隊による荘厳な演奏から。ほら貝を吹いている少年僧もいました。
8月22日と23日、上ラダック(トゥ)のシェイでシュゥブラ(収穫祭)が開催されました。シュゥブラはラダックのほかの村でも行われていますが、シェイのシュゥブラはちょっと変わっていて、ラバ(シャーマン)がドルジェ・チェンモという語法尊を自身に憑依させる儀式を行い、トランス状態となってさまざまな神託を告げるのが特徴です。
初日はラバが祈祷を行ったところ、「ドルジェ・チェンモは今日は来ない。明日来る」との神託が。その日の午後、トゥバ・ゴンパ前の広場では、写真のように素朴な衣装を纏った村人たちによる舞いが披露されました。
10月28日と29日、ティクセ・ゴンパでグストルという仮面舞踊(チャム)の祭りが開催されました。グストルとは9の付く日に行われる祭りのことで、ゲルクパという宗派特有のものです。
グストルの期間中は、魔力が強すぎるため普段は顔を布で覆われているゴンカンの守護尊もすべて開帳されます。ドルジェ・ジッチェ(金剛畏怖)、すごい迫力でした。
ロサル・タシデレ(あけましておめでとうございます)。12月10日、ラダックではロサル(正月)を迎えました。僕はロサルの2日前から、今年の春と夏に畑仕事を手伝ったシャクティのツェリン・ナムギャルさんの家を訪ねました。
2月15日と16日、上ラダック(トゥ)のストク・ゴンパで、グル・ツェチュと呼ばれるチャム(仮面舞踊)の祭りが行われました。ちなみに、一般の観光客がよく訪れる現在博物館になっている建物は、ストク・カルという王宮で、ゴンパではありません。ストク・ゴンパはそこから1キロほど奥に行ったところにあります。
2月20日と21日、上ラダック(トゥ)のマト・ゴンパで、ナグランと呼ばれる祭りが開催されました。この祭りは、2人の僧侶が読経と瞑想を経てラバ(シャーマン)となり、このゴンパの守護神であるロンツァン・カルマルを降臨させ、人々にさまざまな神託を与えることで有名です。
二年前の冬、イグーという村に滞在していた時のこと。僕は村からさらに北の人里離れた山奥にある、ケスパンと呼ばれる場所を訪れました。
ケスパンの標高はイグーよりさらに高く、4000メートル近くはあったのではないでしょうか。周囲はすっかり白銀に覆われ、僕たちが乗っていた車も途中でタイヤが氷で滑って前に進めなくなり、乗客全員が降りて、後ろからえいやえいやと押したりしながら、なんとか辿り着いたという感じでした。
ケスパンは一種の修行所で、いくつかある平屋建ての建物の一つでは、四人の僧侶が瞑想を行っていました。もちろん建物の中をのぞくことはできませんでしたが、彼らは三年と三カ月と三日、瞑想の修行を続けるのだそうです。吹きすさぶ風の音しか聞こえないこの山奥で、気の遠くなるような時間を瞑想に捧げるというのは、いったいどんな気持がするものなのでしょうか。チベット仏教の僧侶たちの敬虔さ、ひたむきさをあらためて感じた出来事でした。
建物の外では、一人の老僧が、寒さに震える僕たちにチャイをふるまってくれました。
「ほう、あんたはシャクティにいたのかね? どこの家に‥‥? ああ、ツェリン・ナムギャルならよく知っとるよ」
「写真を撮ってもいいですか?」とラダック語で聞くと、老僧は強烈な日射しから目を守るためのサングラスを外して、にっこりと微笑んでくれました。

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