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2008年4月 Archive
ダラムサラ 祈りの灯火
ダラムサラは、インド北部のヒマーチャル・プラデーシュ州、標高1700メートルの地点にある、人口2万人ほどの小さな街です。1959年にダライ・ラマ14世がチベット本土から亡命して以来、この街にはチベット亡命政府の拠点が置かれています。
また、ラダックへ
2月末に一時帰国してから、はや2カ月も経ってしまいました。東京では、ほとんど毎週のように友達に飲みに誘われたり、お宅にお呼ばれしたりして、うまいものをたらふくごちそうになっているうちに‥‥2キロくらい太りました(笑)。さすがに身体が重いので、最近は毎晩腹筋を300回やって、胴回りを絞る努力をしています。
今回の一時帰国の目的は、僕が今取り組んでいるラダックについての本の企画を、いくつかの出版社を回って売り込むことでした。まあ、世の中そんなに甘くないし、今年の夏の取材が終わった後も、半年から一年は根気よく回らなければならないかな‥‥と覚悟していたのですが、幸運なことに、ある出版社、それも僕の意中の会社の一つが、この企画を引き受けてくれることになりました。まさか、この一時帰国中に決まるとは思ってもいなかったので、びっくりです。うれしいというより、正直、ほっとしました。これで、今までラダックや日本でお世話になった人たちに、少しは報いることができるのかなあ、と。
その出版社との打ち合わせはもうかなり進んでいて、基本的なフォーマットはほぼ決まりつつあります。そして恐ろしいことに、〆切も決まりつつあります‥‥(汗)。間に合うのか‥‥いや、がんばりますけれども。
そんなこんなであわただしい日々が続いているうちに、再び日本を離れる時が近づいてきました。4月24日、デリーに飛びます。今回はすぐに空路でラダックに入るのではなく、まずダラムサラに行った後、シムラー、キナウル、スピティ、ラホールと回って、陸路でラダックに入る計画です。スピティとキナウルは僕自身まだ訪れたことのない場所で、ラダックとはまた違った人々や文化に触れることができそうなので、とても楽しみです。
その前に、何といっても、ダラムサラですね。実はダラムサラには、ラダックでの取材に必要なある用事を果たすためにずいぶん前から行くと決めていたのですが、今、チベット問題が国際的な注目を集めているこの時期に、自分がチベット亡命政府のお膝元を訪れることになったのも、何かの縁なのかもしれません。このブログでも、ダラムサラからのフォトレポートをお届けできればと思っています。
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さらば ふるさとよ
今は まだ
このまま長い旅を続けるけれど いつの日か
見つけるでしょう
日が昇る この場所を
(「さらば」Port of Notes )
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では、行ってきます!
僕は忘れない
前回の更新から、ずいぶん間隔が空いてしまいました。ここ最近は、ラダック本の企画プレゼンのために出版社を回るかたわら、友人たちに招かれて連日連夜飲み続けたり、安曇野で岡山の実家の人間たちと一年ぶりに会ったりしていました。気のおけない友人たちとのひとときは底抜けに楽しかったし、安曇野では、なついてくれている姪っ子や生まれたばかりの甥っ子に会うことができたし、いい気晴らしになりました。
でも、彼らと会ってケラケラ笑っている時も、僕の頭の中にはずっと、チベットのことが、のどに刺さった魚の小骨のようにひっかかっていました。
デプン・ゴンパを訪ねた時、ニコニコ笑いながら何杯も何杯もバター茶をごちそうしてくれた、あのお坊さんたちは無事だろうか。ナムツォの湖畔ではにかみながら写真を撮らせてくれたあの女の子は、親を連行されて一人で泣いてはいないだろうか。
たぶん、チベットのことなんて、忘れてしまった方がラクなのだと思います。家族や友達と過ごす楽しい時間のこととか、今がんばっている仕事のこととか、そういったことだけを心に思い描いていた方が、きっと幸せな気分でいられる。今、ネット上のブログや掲示板で中国に対して怒り狂ってる人たちも、あと何カ月かすれば次第に減っていくでしょう。コカコーラやマクドナルドはオリンピックのキャンペーンCMをばんばん流しはじめ、テレビや新聞はまるで何事もなかったように「ガンバレ! ニッポン!」と言いはじめるでしょう。
そうしてみんな、少しずつ、チベットのことを忘れていく。
でも、僕はやっぱり、忘れることができません。
3月27日、中国当局の企画で海外メディアの記者団がラサのジョカンを訪問した際、数十名の僧侶が突如カメラの前に現れ、涙を流しながら訴えていた映像が世界に配信されました。日本のマスメディアは無機質なコメントを添えて報道しただけでしたが、彼らの行動がどんなに大変なことだったか、いったいどれだけの人が理解しているでしょうか?
あの僧侶たちは、間違いなく逮捕され、そしておそらく、処刑されます。仮に処刑を免れても、何年も投獄され、苛酷な拷問とダライ・ラマを否定する「愛国教育」を課せられ、身も心もぼろぼろになってしまうでしょう(参考)。彼らは、それを百も承知でカメラの前に現れた。厳しい戒律の下で修行を積み、めったなことでは涙を流さない僧侶たちが泣き叫んでいるのを見て、僕は胸が締めつけられるような思いでした。
この僧侶たちだけではありません。これまでデモに参加して殺されたり、逮捕されたりしたチベットの人々はみな、そうなることを覚悟していたのだと思います。そこまでして伝えたいことが、彼らにはあった。チベット人として、人間として、自由に生きたい、ただそれだけなのだ、と。
だから、僕は忘れない。
チベットの人々が感じている痛みに比べれば、その何万分の一でしかないけれど、僕も今感じている痛みを抱えたまま生きていこう。彼らの痛みが和らぐまで、決して忘れないようにしよう。そして、自分にできることを精一杯やっていこう。今はそう思っています。
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