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2007年10月 Archive
一時帰国します
- 2007年10月31日 15:38
- お知らせ
ここ最近、ラダックでは雲ひとつない快晴の日々が続いています。寒さは日増しに厳しくなり、明け方には、道端の水たまりにもぴっしり氷が張りつめています。レーのメインバザールでは半分近い店がシャッターを下ろし、食材が乏しくなった食堂では、モモやトゥクパくらいしか出してくれなくなりました。いよいよ冬の到来です。
さて、前にもちらっとお伝えしたように、11月はいったんラダックを離れて、日本に一時帰国しようと思っています。11月1日の朝にレーからデリーに飛び、11月4日の昼には日本に到着。再びラダックに戻るのは、ガルダン・ナムチョが行われる12月4日の朝になる予定です。
帰国中は、インドヴィザの再取得や撮影データのバックアップ、埃まみれの環境で酷使してきたカメラやレンズのメンテナンス、冬のラダック滞在に必要な装備の購入、夏の盗難被害の後始末などなど、短期間のうちにいろいろやらなければならないことがあって、あまりゆっくりもできなさそうです‥‥。まあ、ひさびさに日本食、というか、肉でも魚でも好きなものを口にできるようになるのは嬉しいですが。
昨日の朝、いつものようにデチェンさんが作ってくれた朝ごはんを食べ、たまっていた洗濯物を片付けてから、町に行くために外に出ました。冬の淡い光に満ちた空は、本当に青く青く、どこまでも澄み切っていました。それを見上げていると急に、この土地を離れるのが寂しく、名残惜しくなってきたのです。それまでは結構「そろそろ日本に帰ってのんびりしたいなあ」とか思っていたのに。
やっぱり僕は、ラダックで暮らしている方が性に合うようです。
‥‥まあ、一カ月もすれば戻ってくるんですけど(笑)。
今夜はデチェンさんが、「タカの最後の日だからね!」と腕によりをかけてご馳走を作ってくれるそうです。楽しみだなあ。
ティクセ グストル
10月28日と29日、ティクセ・ゴンパでグストルという仮面舞踊(チャム)の祭りが開催されました。グストルとは9の付く日に行われる祭りのことで、ゲルクパという宗派特有のものです。
グストルの期間中は、魔力が強すぎるため普段は顔を布で覆われているゴンカンの守護尊もすべて開帳されます。ドルジェ・ジッチェ(金剛畏怖)、すごい迫力でした。
シャム・トレック
- 2007年10月27日 16:14
- トレッキング | 下ラダック(シャム) | 写真
先日、友人が連絡なしでいきなりラダックにやってきて、「トレッキングに行きたい。山がワタシを呼んでいる!」とのたもうたので、2人でちょっとトレッキングに行ってきました。
今回選んだのは、下ラダック(シャム)のリキルからティンモスガンまでの2泊3日のコース。通称「シャム・トレック」と呼ばれるポピュラーなルートで、標高がそれほど高くないため、大半のトレッキングルートの峠が雪で塞がっている今の時期でも楽しむことができます。
写真はルート上にあるヤンタンという村。ここから南に下ると、リゾン・ゴンパに出るそうです。
ダー ボノナー
10月13日から17日まで、ラダック北部のダーという村でボノナー(大収穫祭)が開催されました。ダー・ハヌー地方にはドクパと呼ばれる人々が暮らしており、頭に鮮やかな花やショクロ(ホオズキ)を飾ることから「花の民」と呼ばれています。
写真は祭りのために盛装してダーにやってきたドクパの女性。後で聞いたら、彼女は僕が滞在していたダーの宿で働いている友人、ルンドゥプ君の妹さんでした。新婚ホヤホヤだそうです。
旅と日常
- 2007年10月11日 19:14
- 雑記
“そのころも旅をしていた。”
開高健の『夏の闇』は、たしかこんな一行から始まったように思います。
この小説は、ベトナム戦争の従軍記者として凄絶な体験をした主人公が、心の奥に抱えた闇から逃れるように、欧州であてどない彷徨を続けるという物語です。この冒頭の一行の後には、雨に濡れそぼったパリの街の情景が続くのですが、異国の街を一人で彷徨う男の孤独が見事なまでに描かれていて、物書きとしては妬ましくなるほどの名文です。
ラダックに来る前、僕は仕事の合間に時間と金の都合をつけては、あちこちの国を旅して回っていました。知らない街に辿り着き、重い荷物を背負ったまま、その日の寝床と食べ物を探して路地裏をとぼとぼ歩く。そんな時、僕の脳裏にはよく、この“そのころも旅をしていた。”という一行が浮かんできます。『夏の闇』の主人公のように心に闇を抱えてはいないけど、あの冒頭の文章に込められていた言いようのない孤独や不安は、異国を一人で旅する自分にはぴったり重なり合うと感じていました。そしてそれが、ぞくぞくするほど愉しかった。
でも、ラダックに来てからは、この一行が脳裏に浮かんできた回数は、そんなに多くありません。それまで繰り返してきた旅と、今回ラダックで過ごしている日々は、どこか根本的に違うのです。飽きたわけでも、慣れたわけでもない。
“しっくり馴染んできた”とでも言えばいいでしょうか。
ラダックで半年近い月日を過ごしてきて、身の回りの色々なものに、自分の感覚が馴染んできたような気がするのです。空の青さ、空気の薄さ、砂塵を舞い上げる風、雪を被った山々、岩山にそびえるゴンパ、日干しレンガの家々‥‥。そうしたものを当たり前のように身近に感じることが、この上なく心地いいのです。
しっくり馴染むことができたのは、ラダックの人々のおかげも大きいと思います。レーの街をぶらぶら歩いていても、日に3、4人は知り合いに出くわして、「何やってるの?」「いつ日本に帰るの?」「今度うちに遊びにおいでよ!」‥‥といった具合に声をかけられます。行きつけの店や食堂ではすっかり顔を覚えられているし、夜になって宿に戻れば、デチェンさんたちとワイワイ言いながらテレビを見ている毎日。時々知らない村に出かけていっても、会う人会う人みんな気さくで親切で、“孤独”とか“不安”とか、そういったものを感じている暇がない(笑)。
ラダックを“旅”するのではなく、ラダックで“日常”を感じてみたかった。そう思ったからこそ、僕は今回、できるだけ時間をかけてラダックに滞在することを選びました。その選択は間違っていなかったと感じています。通りすがりの“旅”の目線だけでは捉えることができないものが、ここにはある。孤独や不安でぞくぞくすることはないけれど、それ以上に大切なものを感じ取ることができると思うのです。
11月にはいったんこの暮らしをリセットして、日本に一時帰国します。ヴィザの再手配や冬の装備の購入のほか、公私共に色々とやらなければならないことがあるからですが、ここで一呼吸置くことで、またリフレッシュした感覚でラダックでの“日常”に戻れるような気がしています。冬のラダックがどんな表情を見せてくれるのか、本当に楽しみです。
ペラク
ラダックには、チベット本土とはまた違った独特のスタイルの民族衣装があります。その中でも一番象徴的なのは、ペラクではないでしょうか。
この頭飾りは、結婚式や特別な式典などの時にラダックの女性が身につけるものです。後端は腰のあたりに届くほど長く、大小のトルコ石がびっしりと縫い付けられています。その左右には、大きな耳のようにも見える黒いひさしが張り出しています。ラダックの研究をしている友人の宮坂さんによると、このペラクの形状はコブラの頭をかたどったもので、青いトルコ石は水の精霊ルーを象徴するものなのだそうです。縫い付けられているトルコ石の数からもわかるように、ペラクはとても貴重で高価なものなので、先祖代々、母から娘へと大切に受け継がれています。
今回ラダックに来て、各ゴンパの祭りの時などにペラク姿の女性をたくさん見ることができるだろうと思っていたのですが、意外にもそういう女性はほとんどいませんでした。ダライ・ラマ法王のティーチングの時、捧げ物を持っていた女性たちがペラクをつけていたくらいで、あとはラマユルのユル・カブギェとシェイのシュゥブラの時にちらほらと見かけたくらいでしょうか。この写真はシェイで撮影しました。見ることができた人はラッキーかと。
ペラク姿の女性たちを見ていて個人的に感じたのは、「これを一日中つけてたら、首が痛くなるだろうなあ‥‥」ということでした。半端じゃなく重いと思いますよ、ほんとに。
ラダックの水事情
- 2007年10月 5日 18:03
- 雑記
ラダック語では、雨のことをチャルパ、雪のことをカーと呼びます。
「カーはいいけど、チャルパはよくない」と、うちの宿の長男のワンチュク君が以前僕に話してくれたことがあります。
「冬、山に雪が降れば、それは積もって氷河になり、夏になると少しずつ溶け出して、ちょうどいい案配で畑を潤してくれる。でも、夏に雨がたくさん降ると、それはどこにも留まらないで川に流れ込んで、道路や橋を押し流してしまうんだ。だから、カーは助かるけど、チャルパは困る」
ワンチュク君の言うとおり、去年の夏、ラダックでは例年になく雨が多くて、あちこちの村で水害の被害が出たそうです。土質がサラサラの砂礫ばかりのこの土地では、多少の雨でも大きな影響が出てしまいます。今年はそれほど雨は降らず、降っても月に1、2回、それもほんの数時間といった程度でしたが、ラダックらしいスコーンと突き抜けた青空が見えた日より、中途半端にもわもわと雲が広がっていた日が多かったような気がします。
では、雪はどうかというと、こちらは逆に年々減り続けているそうです。「昔はこのあたりでもたくさん雪が積もったんだけどねえ。最近はさっぱりだよ」とデチェンさん。実際、2年前の冬に僕がラダックを訪れた時も、最初のうちはまったく雪が積もっていなくて、覚悟を決めて来たのに拍子抜けした記憶があります。
降雪量の減少に伴い、ラダックやザンスカールの山岳部にある氷河の面積も、だんだん小さくなってきているそうです。このままだと、10年か20年後、あるいはもっと早くに、ラダックは深刻な水不足に見舞われるのではないかと僕は考えています。水の供給が涸れ果てて、人々が移住を余儀なくされるような村が出てくるかもしれません。そうなってしまう前に、綿密な調査と先を見越した対策が必要になると思うのですが‥‥。
プクタル・ゴンパ
「ラダックやザンスカールで一番神秘的なゴンパは?」と聞かれたら、僕は迷わず「プクタル・ゴンパ!」と答えます。ザンスカール南東部、車道も通じていない最果ての地にそびえる、美しく、そして不思議なゴンパです。
このゴンパに行くには、パドゥムからレルーという村までジープなどで移動し、そこからプクタルの近くにあるプルネという村まで歩かなければなりません。最短でも往復で丸3日、普通のトレッカーなら5日かかる道程です。僕は今回、パドゥム?レルー間を往復するジープと、レルー?プルネ間でバックパックを運んでもらうポーターを一人雇って、3日で往復しました。しんどかった‥‥。
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